かのんはそれこそ、ひっくりかえるくらいの衝撃を受けて周囲を見回すのだが、叔父の変化に気づいたものは誰もいない。
すすり泣く声は響いても、叔父が目を開けて、喋ったことに対するアクションは見られない。
棺桶の蓋が閉じようとまでするので、かのんはその手を遮った。
「叔父さんが喋った!」
訴えると、周囲は得体の知れない者を見るような視線を浴びせかけてくる。
「かのんちゃん。おじちゃん子だったものね。
おじちゃんは喋ってないわよ。」
と、同情の入り混じった表情を浮かべた叔母の一人の言葉によって、周囲の視線は和らいだ。
息を吹き返した叔父の姿に、本当にみんな気がつかないのだ。
(誰も気がつかないの?)
かのんは半狂乱になり、暴れた。
「修さんは生き還ってるのよ!
お願い。火を入れないで・・・もう一度見て!」
かのんの必死の願いは聞き入れられない。周囲はザワッとどよめき、眉をひそめた。そんな彼らを説得している余裕はない。
(なぜみんな気がつかないの?)
再び叔父を見下ろすと、彼の瞳は閉じてしまっている。
「叔父さん!」
(目を開けて!)
声をかけて棺桶に必死に縋りついてゆくかのんは、幾人かの大人達に取り押さえられた。
棺桶から引き離そうと、手や足を押さえつけてくる制止の手を振りほどき、これ以上ないくらいに反抗するも、大人達の力には負けてしまう。
ひどく暴れるものだから、とうとう全身を床に押さえつけられてしまった。身動きとれない。
くぎ打ちを済ませ、叔父を入れた棺桶は、ごとごとと音をさせて、窯のなかに入っていゆく。
係りの人が、火を入れるスイッチを入れる。
閉じた扉から、“ボッー”と炎が噴き出す恐ろしい音が、聞こえてくる。
「お願い!扉を開けて!」
かのんはパニックに陥り、声を限りに叫び声を浴びる。
周囲はどよめき、
「かのんちゃん。おじさんは死んでしまったのよ。焼かないと、腐敗が進んで蛆がわくわ。修を安らかにしてあげて・・。」
縋りつくように、涙ながらに訴えてくる叔母の言葉がかのんの耳に残る。
死んでいるならそうだろう。けれど、叔父は瞳をあけて言葉を出したのだ。
「修さん。修さん。し・ゅうさーん。」
体を焼かれて身悶えして苦しむ叔父の姿が、かのんの中でリアルに浮かぶ。
「お願い!おじさんは熱がっているわ、出して!出してぇー!」
必死の頼みも虚しく、刻々と時間がきざまれてゆく。
5分10分・15分と経ち、生きているなら焼死しているに間違いない時間がながれて、かのんは脱力するしかなかった。
叔父は焼かれてしまった。
「斎場で暴れたんだって?」
葬儀場に戻り、一人控え室にこもった、かのんに母が問いかけてくる。
髪の毛を振り乱し、ショックでうなだれていたかのんは、軽い調子の母の声に、逆に我に返った。
「おかしいの。私だけにしか見えないのよ。おじさんが目を開けて、話した言葉に、誰も気が付かないの・・・。」
自分の目にし、耳にした言葉は、あまりにはっきりと残っている。
心細かった。
ポツリとつぶやくかのんに、母はこれ以上ないくらいに優しい視線を向けて、
「すごい錯覚を見たわね。・・・そりゃ、動揺するでしょうよ。」
と、言ってくるのだ。
(錯覚!!!)
目を見開いて異を唱える視線を投げかける、かのんに母はフッと笑う。
「・・・・よく考えてかのん。
棺桶の中の、修の体を触ったでしょう?あんだけ冷たくなっていて、生きてるなら、あり得ない体温なんだから・・・。
かのんが見た現象は、錯覚なのよ。
でも、棺桶の中の修が喋ってくるのは、リアルで、恐ろしいわね。」
私だって、混乱するわ。
ゆったり言い聞かせる母の言葉は、かのんの心の中に、静かに行き渡ってゆく。
母はポンポンとかのんの頭をたたき、
「このオチビちゃんは昨日、ほとんど眠れなかったでしょう?それもあるかも知れないね。」
「・・オチビちゃんだなんて・・。」
昔、よく言われていたあだ名のようなものを出されて、かのんは口を尖がらせた。
母はクスクス笑う。
「ちょっとここで、横になっていなさいよ。
それから、かのんも、もうちょっとしたら、食事室にいらっしゃい。お腹に食べ物を入れたら、一息つけるわよ。」
言ってくる母の声色はいつもと変わらない。
「ちょっと、食事の段取りしないといけないから。」
と、言い置いて、母は部屋を出て行ってしまった。
「・・・・。」
残されたかのんは、母の言われるままに、横になって、さっき言った母の言葉を反芻してみると、母の言い分が最ものような気がしてくる。
母の言うとおり、錯覚だったのかもしれない。
昨日、ほとんど眠れなかったのも、本当だし、母の言うとおり、人間は恒温動物だ。冷たくなると、生体機能を維持できな
静かな控え室で、それを考えると、納得できた。
納得すると同時に、何やら後ろ寒い気分になるものの、生きながら焼かれたよりは、はるかにマシな事実だ。
頭の奥で、なにかチリチリと訴えてくるものがあったが、かのんは無理矢理でも自分にそう言い聞かせたのだった。
しばらくたって、食事室に姿を現したかのんに、叔母たちはにこやかな笑みをうかべて手招きした。
「ここのお刺身美味しいわよ〜。」
と言って、箸を手渡してくる。
「ありがと。」
短く答えて言われるままに刺身をつつき、
「ほんと。身がしっかりしてる。」
と、つぶやくかのんに、答える者はいない。
叔母達は、たわいのない話に花を咲かせている。
悲しみと、空腹を満たされる は、
その後、叔父が喋った出来事も、かのんが混乱して暴れた事も、すべてなかったかのように、葬儀は続いていった。
ただ・・・。
『・・・時がせまっている。・・かのん、気をつけて。アンカーはもうここにはいられない。』
叔父の一言だけが、いつまでも耳に残った。
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